猫の名はちょいと。

猫と映画好きが綴る、ささやかな日常

高畑監督が行き着いたところ―『高畑勲展』

東京国立近代美術館で開催されている『高畑勲展』へ行ってきた。
いつもより早く出て12時頃には到着したけれど、やはり日曜は混んでいる。
 
自分では絵を描かないものの、監督としてすばらしい作品を生み出してきた高畑勲さん。
わたしは二度目に鑑賞した『かぐや姫の物語』に衝撃を受けたので、かならずこの展覧会に行こうと思っていた。
 
会場はとても広いスペースで、作品ごとにブースが作られていた。
手書きの資料やインタビュー映像、当時の映画予告なども見ることができて内容が濃い。
 
とくに手書きの資料がおもしろかった。
高畑さんは丁寧に文字をかく人で、まとまりのある文章が分かりやすい。
じつは半世紀も前に「竹取物語」をアニメ化する話があったらしいが高畑さんはそれに乗らなかった。その頃のノートには「そもそも竹取物語という話時代に興味がわかない」というような事が書かれていて笑った。
時を経て、彼の最後の作品となったことが運命的に思える。
 
また、東映とのスケジュール交渉の手紙も残っていた。
東映「納期を過ぎています。完成時期を報告しなさい」、高畑さん「それをお伝えするのは大変難しいが一日も早く完成できるよう力を尽くします」といったような切実な内容。
今ではメールでポンと送れるけど、当時は自分のサインと捺印までして送るのだから重みが違う。いろんなものと戦っていたんだな。

会場でTVアニメ「赤毛のアン」のオープニングが流れていて、自然に口ずさんでいる
自分におどろく。見た記憶が全然なかったけれど、そいういえば幼いころ、家に世界名作劇場のテーマ曲を集めたテープがあって聞いていたことを思い出した。
小公女セーラ、ラスカルは記憶にあるけれど、赤毛のアンはアニメとまったくリンクせずに歌っていたらしい。幼少期の記憶・刷り込みというのは本当にすごい。。。
それを母に報告したらまったく覚えていなかった上に、メールを打ち間違えて「記憶ってすごくね。」とヤンキーのような返信がきた。
 
おもひでぽろぽろ』は、歳を重ねるたびにグッと染みる映画だ。
主人公の女の子が、お父さんにパン!と頬を叩かれるシーンは気持ちがリンクして、何度みても泣いてしまう。
この映画はやけに表情がリアル。ほうれい線とか笑い皺がくっきり出るので、昔はそれが苦手だったけれど大人になって見ると味があってすごくいい。主役の声優をしていた柳葉敏郎今井美樹の表情をスケッチして、キャラクター作りに生かしたそうだ。
また観たい、という気持ちがフツフツとわいてくる。
 
そしてラストはいよいよ、かぐや姫の物語
かぐや姫十二単を脱ぎ捨てて走るところを、あらためて動画で見たら泣きそうになってしまった。かぐや姫の表情はとてもシンプルな線で描かれているのに、彼女の怒りがわたしに迫ってきて感情を動かされるのだ。
かぐや姫はこれまでの作品と一線を画している、とあたらめて感じた。
今までにないラフなタッチが、柔らかな動きを作り出している。残像が書き込まれている原画があって、それ1枚では意味不明な絵だけど、動画にすると動きの一部になる。わたしにはその理屈かわからない。残像を描く?どうしたらそんな想像力がわいてくるのか。知りたい。
 
高畑監督が行き着いたところは、綺麗なアニメーションを作ることではなかった。
キャラクターの心情をいかに表現し、人々にそれを想像させるか。
無駄なものを削ぎ落して、突き詰めたところにかぐや姫があった。
仕事に情熱を持ちつづけ、想像力を限界まで働かせて、もっと良いものを作るために戦いながらどこまでも突き詰める。素敵な作品を残してくれた監督に、感謝。