猫の名はちょいと。

日常をできるだけ愛らしい言葉でアウトプットする場所。

忘れられない谷川俊太郎さんの朗読

我が家のトイレには、谷川俊太郎さんの詩「生きる」のサイン本が置いてある。
そんな場所に置くのも大変恐縮だが、毎日目にするし、手に取りやすいからだ。

 

その本を購入したのは、数年前の「六本木アートナイト」。
友人と昼間からふらーっと遊びに行き、たまたま谷川俊太郎さん✕出版社ナナロク社の対談があるのを見つけた。


当時は谷川さんについて「教科書にのっていて好きだった詩人」というおぼろげな記憶だったが、せっかくのチャンスだからと対談を見にいった。

 

谷川さんは、とてもお洒落で品があってチャーミングな方だった。
「詩を描くときは手書きですか?」という質問に、「いやいや、そんな面倒なことしません。今はMacですよ、だって便利だからね。」と答えて会場を笑わせていた。

 

3度の離婚を経験されているのも、この時知った。3番目の奥様は、これまた私が大好きな作家の佐野洋子さん。
佐野さんは手記の中で、「あの人は非常識でなく無常識な人」といった言葉を残されているが、なんとなーく想像できるくらいつかみ所のない自由な方だった。

もしかしたら自由すぎて旦那様としては困りものだったのかもしれないけれど、それも含めて魅力的。

 

対談の終わりに、谷川さんが詩を朗読してくださることになった。
それが「生きる」で、「こういうのはあんまり得意じゃないんだけど」とサラッと読まれた。

淡々として心地よいテンポの朗読が、ずしりと響いて思わず涙ぐむ。谷川さんの一言一言が心にするりと入り込んできた。そこには時々ズキッとするような言葉が混ざっていて、だけど愛がある。詩の力を感じた瞬間だった。

 

その後、無事にサイン本を手にした。

さらに希望する人は懇親会に参加できる!とのことでそちらも意気揚々と参加し、谷川さんと少しだけお話をして、写真を撮っていただいた。「東京ってすごい、こんなチャンスが普通に転がってるなんて!」と興奮したものだ。ナナロク社の社長ともお話したのだけど、穏やかで素敵な人柄だった。

 

それ以来、谷川さんの詩集を読んだり、過去のブログを覗いたりしている。
そしてトイレで「生きていること いま生きているということ」から始まる詩を読むたびに、不思議な力をもらっているのだ。