猫の名はちょいと。

日常をできるだけ愛らしい言葉でアウトプットする場所。

32歳が漠然と考える「地方で暮らすこと」

今年の夏は縁あって、岩手・宮城と東北へ二度訪れた。

 

旅をするといつも、「ここで暮らしたらどんな自分になるだろう」と想像してみる。

だけどレンタカーから眺める閑散とした街に、正直なところワクワクしない。

地方で暮らすことは、いまの生活にある面白みや刺激が減っていく事のように思える。

 

もちろん、観光としては最高のリフレッシュになる。空が広くて清々しいし、モコモコとした緑色の山には癒される。田んぼには金色の稲穂が輝いて、きれいだなぁ、本当に来てよかったなぁ…と心から感動する。

だけど、暮らすのはやっぱり想像できない。

 

どんな休日を過ごすのだろう?

娯楽を探しても、やたら大きくて奇抜なデザインのラブホ群、巨大なイオン、所々にあるカラオケくらい。

市街地にいけば色々あるとはいっても、選択肢が少ないから飽きそうだな。

美味しいお酒があっても、どこに行くにも車だから飲めないし。

お年寄りが多いから、若い人は頼られちゃって自由が減るのかな。

なんてネガティブなことばかり考えて。

 

やっぱり、東京という賑やかで混沌とした街は面白い。狭い東京にひしめき合う、個性的な人々と文化。

休日は人で溢れかえり、カフェはいつも満席、映画館は予約なしでは座れない。

だけど街や人が作りだしている活気が、私のパワーになっているような気がする。

 

仕事はどこでもできる時代、東京にこだわる必要はないというけれど。

自分が「ここで仕事を見つけて生きていきたい!」と思える場所なんてほとんど出会えない。

きっと順番が逆で、一生の仕事を見つけてから初めて「東京にこだわる必要はない」という選択肢が生まれるのだろう。

 

だけど今回、素敵なカフェに出会ってちょっと見方が変わったのも事実。

それは猪苗代湖を眺めながらコーヒーを飲める場所で、こだわりの強そうな30代後半くらいの男たちが営んでいた。

店内は適度に埋まっていて、落ち着いた雰囲気。

中目黒にあったら流行りそうなお洒落な内装だけど、若い人から中年の夫婦まで、誰もが違和感なく入れる場所だった。

 

例えばこれが実際に中目黒にあったならば、愛想のないおしゃれなだけの店員が働き、いつも店内が騒がしく、客は若い女子とカップルだけだろう。

でもそのカフェは「作り手の意図が、邪魔されずにきちんと反映できている場所」という感じがした。

それは人が溢れた都会では、なかなか難しい事なのだ。

 

地方でスローライフをしましょう、農業を始めましょう、自然がいっぱいあっていいですよー。

という、生活が180度変わってしまうような呼び込みではハードルが高すぎる。

今より不便になることは確実。娯楽も減る。

それでは想像してもワクワクしない。

 

それよりも、自分たちが街づくりや地域の活性化に参加できる場所だったら、と思うとすごくワクワクする。

そこで暮らしている人にとっては迷惑な話...になるのかもしれないが、若い世代が住むためには彼らにとっても居心地のよい場所が必要だ。

 

都会の文化、それを地域の雰囲気や暮らしに合わせて、落とし込んでいく。

コンビニやイオンだけではなく、個性があって楽しい場所が生まれる。

街がすこし明るくなり、活気が出てくる。

大きく生まれ変わるわけじゃない。なんかちょっと良くなる。

 

人や社会のために何かしたい、という気持ちが年々強くなってきた。

違和感のない街づくり。変わりすぎない地方創生。

さて、32歳の私にはこれから何ができるんでしょうか。