猫の名はちょいと。

猫と映画好きが綴る、ささやかな日常

鳥の求愛ダンスに魅せられた―嶋田忠『野生の瞬間』写真展

いま東京都写真美術館で開催されている、

嶋田忠さんの写真展『野生の瞬間』をみてきた。

topmuseum.jp

 

恵比寿駅から美術館までの道のりに、この写真展の広告がある。

とても美しい青い鳥が、胸を張っている。

 

実際にいってみると入場料700円とはとても思えないクオリティだった。

嶋田さんが魅了されたカワセミからはじまり、暗闇のエリアにはシマフクロウの大きな目が浮かび上がる。ものすごい迫力で、ハッと息をのんだ。

その目はすべてを見透かしているようで、神々しい。

 

そして“世界最古の熱帯雨林”とよばれるニューギニアで撮影された鳥たち。

カラフルなのに調和のとれた羽の色、なんのために付いてるの⁉と思うような面白い飾り。頭から針金みたいのが2つビョーンと伸びていて、その先にはふざけているとしか思えないボンボンを付けている。いや、付けているわけではなくてその姿で生まれてきたんだ。それがまた不思議なこと。

 

派手なのはだいたいオスで、彼らはその飾りを存分に生かして求愛ダンスを踊る。

まずはメスを呼ぶための家を作って、そこでダンスの練習。下心が見え見えだ。

そうして自信がついたらメスの前へ。ちょっと時間をもらって、枝や落ち葉を片付けてステージ作りをする。足元がキレイじゃないと動きにくいからね。

やっとこさ準備が整うと、全身の羽をファサーっ逆立てていく。体全体をおおきく膨らませたらダンスのはじまりだ。跳ねたり回ったりその軽快なこと!バシッと決めた姿は、まるで歌舞伎役者のようだった。

人も鳥も、自信をつけるって大事なことだよね、と実感するビフォーアフター

 

求愛するために生まれてきたともいえる姿のオスたちは、そうしてマメに準備を整え、練習を重ねてからステージに立っていた。頭にヘンなのを付けているからと言って馬鹿にできない。むしろものすごーく応援したくなる。

恋愛は本気!本気でかかれ!というありがたい教えをいただいて、ポストカードも買って、大満足で帰路についた。

 

真鯛の顔

夜にスーパーへ立ち寄ったら、真鯛の切り身が値下がりしていた。数切れがパック詰めになって450円。

友人の家でケーキをたらふく食べて胃もたれしていたので、今日はこれで雑炊にしよう!と思いついた。

 

最近久しぶりに「暮らしの手帖」を買って、とにかく何でもいいから家で作って食べる習慣をつけようと意気込んでいる。

それで今夜もスーパーで寿司でも買いたい気持ちを抑えて、鮮魚コーナーをうろついていたのだ。

 

しかし家に帰っていざ鯛のパックを見てみると、下の方から口がのぞいている。

よく見ていなかったけれど、いくつか重なっている切り身の下は、鯛の顔だったようだ。

むむ、これは・・・

 

私は魚の顔が、とても苦手なのである。

顔を切ってパック詰めにするなんて、すごく悪趣味じゃないか。

たとえ魚に痛覚がないのだとしても残酷だ。しかも最近の研究では、魚も痛みを感じるのかもしれないという結果が出ているらしい。

人間てコワイ。

 

しかし私の彼氏は、魚の目の裏にあるブヨブヨしたのが大好物で、いつも嬉しそうに目ん玉をほじくって食べている。

命を粗末にせず有り難くいただく、という点では素晴らしいのかもしれないけど、その姿は鳥肌モノである。サイコパス

 

結局、きょうはパックを開けるのをやめて冷蔵庫にしまい、卵雑炊を作って食べた。

そして明日はサイコパスな彼と会うので、一緒に鯛めしを食べましょうという口実で下処理を手伝ってもらうことになった。

あーよかった、もう魚の顔はカンベン。

 

 

ブリジットジョーンズと同い年になっていた

Amazonプライムで100円セールになっていたブリジット・ジョーンズの日記

初めて観た頃は「おばさんの話」というイメージだったはずだが、いつの間にか彼女と同い年になっていた。

 

久しぶりに観ても、彼女は魅力的だ。

イライラすることがあっても笑顔を忘れず、落ち込んだときはとことん酒を飲み、ポジティブに復活を遂げる彼女には、同世代として観るとグッとくるものがある。

そうだよね、人生楽しく生きなきゃ。

図太くなることも必要だよ、女の人生には。

私と違ってグラマラスだし、コリン・ファースのような色気のある男性と幼馴染ってところが羨ましいけどね。

 

グラマラスといえば、先日彼が「乳がん検診って、挟むから痛いんでしょ?」と聞いてきた。エコーもあるみたいだよと返したら、「ふーん、そっか。。やっぱり挟むのは痛そうだしね。」とヤケに挟むことにこだわっている。

そして少しの静寂のあと、「(わたし)の場合・・・挟めるのかな?」と呟いた。

さようですか。それを心配してくだすったのですか。

 

わたしだって聞きたいよ!!

父の愛情と責任感について

実家に帰ったとき、父から「お金を振り込むので口座番号を教えて」と言われた。

なんの話かと思ったら、これまで子供たちのために貯めてきたお金を振り込んでくれるそうだ。

 

うちは4人兄弟な上に、父は一般的な会社員、母は専業主婦なので決して裕福ではなかった。ありがたい事に、子供のころ苦労したことは無かったけれど、かなり大変だったろうと思う。

母にその頃の家計をどうやり繰りしたのか聞いたら「覚えてないのよね…自分でも不思議。あはは」と笑っていた。

 

おそらく想定外だったと思われる歳の離れた4人目が生まれて、彼を大学にやったりと予想以上に学費もかかったので、貯金はあまりできなかったとの事。だから大きな額ではないけど、自分たちもこれからは年金暮らしになり援助してあげられなくなるので、その代わりに渡しておきたいと話してくれた。

 

なぜ今のタイミングなのかというと、父が30代のときに子供を3人抱え、一番お金が必要だったものの収入が追いつかず、かなり苦労したから。わたしはまだ独身だから状況は違うが、父が死んだときに遺産として渡すよりも、今の時期に渡しておいた方が必ず役に立つからという事だった。

 

わたしは話を聞いて、父の愛情の深さをあらためて感じて涙がでそうになった。自分がした苦労を子供にさせない、という強い責任感にも感動し、尊敬した。

 

親になるという事は、子供の今だけでなく将来まで見据えて愛情を注ぐことなんだなぁ。

 

自分が親になるとき、よいお手本が近くにいることがありがたい。その想いを大切にしなければと、身も心も引き締まる思いだった。

 

母はいつも動じない

深夜、玄関の前でセミが力尽きた。

ジージーともがいている音が夜中ずっと聴こえていて怖かった。

わたしは昔からセミが苦手だ。

 

そういえば母は、セミにもゴキちゃんにも、貞子にもミザリーにも、猫が玄関先にそっと置いたコウモリにも動じなかった。

むしろそれを怖がる父親や子供たちを見て、「ばかねーぇ」と大ウケしていた。

 

子供達が小さいころ、母は夜になると、柱の影から不気味な顔でじーっと見つめてきたりした。それに気付いた誰かがぎゃぁっ!と叫ぶと涙を流してゲラゲラ笑っていた。眠る前に興奮させてどうする。

 

小さい頃はそんな母を人間離れしていると思っていた。なんにも怖くないなんておかしい。

だけど同時にとても頼もしく思っていた。なにも怖くない母といれば、なんだって大丈夫だ。

 

わたしは当時の母の年齢に近づいているが、やっぱり虫が苦手だし、寝る間際に貞子のことを思い出すといつまでも眠れない。情けない。

 

どれだけ歳をとっても、経験を積んでも、きっと母には到底叶わないのだ。

保護猫をもらったときのお話②

前回の記事はこちら

 

www.tyoito.com

 

猫を保護しているシェルター「キャットガーディアン」には、様々な猫たちがいた。

大人になった猫は自由に歩き回っていて、中にはエイズだったり、怪我をしている猫もいる。わたしの環境では飼うのが難しいけれど、みんな個性的で人懐っこいのがかわいい。

 

子猫たちは、別の部屋でゲージに入っていた。布をかじって遊んだり、ハンモックに揺られて眠っている。

わたしは生後3ヶ月になるメス猫を見ていた。これまでの経験から、1人暮らしならメス猫の方が飼いやすいだろう考えていて、この子なら良さそうだと思った。

抱かせてもらおうと係りの人に声をかけると、「その子は何でもかじってしまう癖があって、ティッシュや紙をかじって飲み込んじゃうんです。だから一人暮らしには難しいかも・・・」と教えてくれた。

うーん、それは確かに大変だ・・・残念だけど諦める。

 

しばらくウロウロしていると、こんどはトラ柄のオス猫がいる。大人しく眠っていて、こちらも生後3ヶ月で保護されたと書かれていた。

係りの人にお願いして抱っこさせてもらうと、かなり怯えた目で私を見つめ、プルプルと震えている。そのプルプルが止まらないのであまりにも気の毒で、だけど可愛くて「怖いよね、ごめん〜」と言いながら笑いが止まらなかった。

 

人間に追いかけられて保護されると、それがキッカケで人嫌いになってしまう猫がいる。いま抱いている猫もそうかなと不安になったけれど、係りの人もオススメですよと太鼓判を押してくれたし、何よりそのトラ柄に一目惚れしたので、この子にしよう!と即決した。

 

それから猫を引き取るための説明を受け(猫を守るためちょっと厳しい内容だ)、避妊手術の費用や、これまでの餌代などを含めたお金を支払った。

そしてちゃっかり持参したゲージにその子猫を入れてシェルターを後にした。

 

ちょうど今のような梅雨の時期、わたしはゲージの重さと緊張と、これから猫と一緒に暮らせるという興奮で汗だくになりながら、大塚駅から電車にのった。

 

いまでも梅雨になる度、あの日を懐かしく思う。猫とわたしの二人暮らしはそうして始まった。

 

↓シェルターにいた時の猫

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保護猫をもらったときのお話①

うちの猫はもともと保護猫だ。

今はもう5歳になり、ブラッシングを終えてわたしの隣で伸びきっている。ずいぶんと大きくなったもんだ。

 

当時、わたしは都内で一人暮らしをはじめて1年ほどが経ち、毎日のように誰かと飲んでいた。人と会うことで色々と吸収して、自分が成長できているような気になっていたのかもしれない。

 

毎日はそれなりに楽しいけど、一人きりの家に帰るのが嫌だった。誰もいないくせに家賃が高いその部屋は、自分の居場所ではないような気がした。なにかが足りないまま過ごす日々は虚しい。

 

それで、猫と暮らすことを本気で考えはじめた。ペットショップでは買いたくないというのは絶対だ。家でも会社でも里親募集のサイトをチェックする日々がはじまった。

 

小さな頃から家にはいつも猫がいた。買ったことは無く、いつも拾ってきたり、誰かから託された猫たちだった。メインで世話をするのは母だったので、いざ自分で飼うとなると分からないことも多く責任を感じた。

 

いつまでも画面を見ていても進まないので、まずは大塚にあるNPO法人「キャットガーディアン」に行ってみることに。見学の予約をするのもドキドキだ。「気に入った猫がいた場合は、自分で用意したゲージに入れて引き取る・・・」という説明を見て、見学のつもりだけど念のため!という言い訳をしながら、いそいそとネットでゲージを購入して持参した。いま思えば確信犯である。

 

そうして訪れた日に、我が家の猫と出会ったのだ。

つづく。