猫の名はちょいと。

猫と映画好きが綴る、ささやかな日常

モウリーニョみたいな上司が欲しい

前回の記事に書いたように、仕事でミスをしたために消えたくなるような日々を過ごして、やっと休日になった。あー、疲れた。。

 

金曜の夜は、駅から家までの帰り道でこらえていたものが溢れだして、グスグスと泣きながら帰宅した。胸がギューッとなるくらい辛いときは、泣くことが一番すっきりすると知っている。だから思いっ切り泣く。

 

今回は外注に依頼していた仕事でミスがあり、私もクライアントも見逃してしまったのが原因。外注先から報告書をもらったり、社内での報告書を作ったりとものすごく慌ただしかった。

でも何よりグッタリしたのは上司の対応だ。怒るタイプではなく穏やかだけど、女々しいところがある。ミスした私より項垂れて、クライアントよりもまず社内にどう報告するかを気にしていた。その後は「どうしてミスが起こったんだろう…ミスを撲滅する方法はないのか…」と悩みつづけて、いま動いている他メンバーの仕事もチェックしはじめる始末。。

 

ミスした立場で言えることではないが、ミスを撲滅することは不可能に近い(業界的に)。今回はクライアントにも責任があるのと、普段からよい関係が築けていたので実損はなかった。こういう場合、対策をしっかり話し合ったら、次のステップは「残念だけど仕方ない、反省して次がんばろう!」と切り替えることだ。

けれど上司はなかなかそのステップに行けず、ミスが起こることに脅え続けて、来週も話し合うと言っている。なので私もいつまでも切り替えられず、ずっと辛い。周りのメンバーだってしんどい。上司には私の辛さを推し量るような余裕はないみたいだ。

 

なんだか腑に落ちなくて上司の気持ちを考えてみたら、思い出した。その上司は前にいたチームで大きなミスがあったときに、異動を命じられてやってきたのだ。それが相当なトラウマになっているに違いないし、社内的にも立場がないのかもしれない。だとしたらスミマセン。。。

 

だけどアナタ、落ち込んでいたって仕事はどんどん入ってくるのです。さらに人も足りないんだから、年末は残業オンパレード。上司がそんなに項垂れていたらチームの活気だってなくなるし、そういう雰囲気のときってミスが続いたりするもんです。

だから私が応援しているイングランドのサッカーチーム、トッテナムホットスパーをご覧なさい。新しく就任したモウリーニョ監督の手腕を。選手をきちんと適正なポジションに配置し、君は何をしたいのかと本音を探って魅力を引き出し、士気を高めるのです。君たちは最高のプレイヤーだと褒めたおし、もし試合中に交代させても「君には悪いことをした。君は最高のプレーをしていたが今回の戦術のために仕方なく下げたんだよ、申し訳ない。」としっかりフォローする。チーム全体の雰囲気をよくすることが、どれだけ大切なことかを学ぶのです。

 

なんつって、偉そうに語りましたが、ご迷惑をおかけして本当にごめんなさい。

 

ミスしても生きるしかない

今日、仕事でミスが発覚した。

私は怒られることが何よりも嫌いで、口出しすらされないように働いているところがある。それをプライドというのかは分からないけど、仕事に関しては完璧主義なのであんまり大きなミスはしてこなかった。

だから、多くの人が関わっている仕事とはいえ、明らかに自分のミスだという事案が発生すると、受け入れるまでかなりの体力と精神力が必要になる。平気な顔して電車に乗って帰ってきたけれど、心はズタボロだ。

 

しかも今回は、クライアントと打ち合わせをして直帰するときに発覚したので、まだ会社には知らされていない。明日、自分から上司に報告しなければいけないという苦しみが待っている。もう仕事に行きたくないどころか、土に還りたい。風になりたい。

 

最近、こんな風にモヤモヤしたら体を動かすのが一番だと知った。運動部に所属していたくせに運動オンチなわたしは、ジムに通って鍛えることが好きなんて人とは一生分かり合えないと思っていた。

だけど先日、あまりにも天気が良かったので近くの公園までジョギングしてみたら、最高に気持ちよかった。モヤモヤしたら、甘いものを食べるより、酒を飲むより、体を動かすことがいちばんスッキリするんだって今さら気がついた。気持ちが軽くなる。

 

だから今日は家についてから、とりあえずレモンサワーと餃子で一杯やって、ほろ酔いでドラマをみてジーンとし、それからyoutubeで筋トレした。

はまっているのはB-Lifeのマリコ先生。動画が豊富なので、その日の気分で色んなヨガや筋トレを選べる。マリコ先生はいつも元気ハツラツ、そしてスパルタ。

筋肉が無さすぎるのでふへへへ…とへんな笑いが出てくるが、体力の限界までチャレンジすることがほぼ無い人生だったので、今こそと頑張っている。

頑張るのはいい、とても健全だ。

 

スッキリして酔いが完全に醒める前に、寝ようと思う。

明日わたしは土に還り、風になる。

勇気をください、マリコ先生。

 

 

パパ活なんてやめなはれ

彼氏がトイレに関してかなりの潔癖症なので、週末のデートではちょっといいホテルのトイレを借りる事がある。そして、そのままラウンジでお茶でもしますか、という流れになったりする。

 

この前もラウンジでのんびりお茶を飲んでいたら、パパ活と思われる二人組がいた。

アイドル系の細くて白い女の子は20代前半くらい。パパ役の方は、サンドウィッチマン的なガタイのよいコワモテだった。親子でもおかしくない歳の差だが、まったくそう見えないのが不思議だ。

 

女の子は全然やる気がなく、ソファーに寝っ転がって、テーブルに立てかけられたスマホの動画を観ている。パパは気を引こうとしているのか、甘いケーキを食べながら彼女をぼーっと見ている。たまに、スマホの位置を調整してあげたりして甲斐甲斐しい。

 

女の子はときどき起きあがって、つまらなそうにケーキを食べさせてもらい、また寝っ転がる。さすがにパパが気の毒だ。私の彼も「ありゃひどいなぁ」と同情していた。

 

それを見ながら、パパ活なんてしていたら、世の中のオジサンのことをずっと見下したまま生きていく事になるだろうなーと考えた。オジサンはみんな若い女子が好きで、一緒にいるために見返りもなくお金をくれる馬鹿な大人だなーと思うのだろう。

 

社会に出て働けば、若いころは自分とちがう生き物だと思っていたオジサンが、対等に向き合ってくれたり、不快な思いをさせないようにと適度な距離を保ってくれたり、娘のように思って心から心配してくれるのだと気が付く。みんな昔はとんがっていたけれど、歳をとるにつれ酸いも甘いも経験して、心が丸くなっていく。そうやって一人の人間として付き合う事ができると、とてもパパ活なんてやろうと思わないんじゃないか。

 

わたしがその女の子を目の前にしたら、色々と説教してしまいそうだ。

人に貢いでもらうなんて、なんの深みもない大人になるよ。まず自分で働く楽しさを知りなさい。周りの人たちと苦労を分かち合いなさい。そして苦労して稼いだお金で、欲しいものを買ったり美味しいものを食べたりする喜びを感じなさい。

そうやって延々と語ってしまいそうだけど、たぶん響かないんだろうな。

 

ラウンジにいた二人組は、腕を組んで帰っていった。

平成のオヤジ狩りなんかと一緒で、何年か後には「パパ活とかいうヒドイものが流行ってたねー、信じられないねぇアハハ」なんて話すのだろうか。

その頃にはあの女の子も、自分の力で生きているといいな。

 

「お手伝いしましょうか」に救われる

写真展に行くために、恵比寿の街をぷらぷら歩いていた。

すっかりクリスマスモードになった休日の恵比寿には、家族連れも多い。

 

すこし離れたところから、子供がギャンギャン泣き叫ぶ声がきこえてきた。

3歳くらいの女の子が、泣きすぎてパニック状態になっている。

隣には小さい赤ちゃんを抱っこしているお父さんがいて、もうお手上げだという感じで女の子を無視していた。

 

女の子がその場に座り込むと、お父さんは手を引っ張り、引きずった。

泣き叫びながら引きずられていく姿は、穏やかな休日の雰囲気のなかで異様な光景だった。

 

そこへ、50代くらいのマダムが「お手伝いしましょうか」と明るく声をかけた。

お父さんは恥ずかしさから断りかけたけど、観念したようにうなずく。

ありがとうをいう気力も無く、項垂れただけにも見えた。

マダムは女の子を座らせ、ぐじゃぐじゃになった髪と顔を整えて、頭をなでながら優しく声をかけた。

 

それはとてもスマートで心優しい助けだった。

母親になった人であれば、力づくで子供を引っ張るお父さんを怒りたくなる気持ちもあるだろう。でもきっと、お父さんだって泣きたいくらい辛かったはず。

その気持ちを理解し、プライドを傷つけることなく、目立たないようにそっと声をかけたマダムは素晴らしい人だと思った。

 

今日は写真展よりも、その光景がいちばん心に残った。

あんな素敵なマダムがいる限り、世の中まだまだ捨てたもんじゃないな。

わたしも誰かに手を差し伸べられる人間でありたい、と強く思う。

 

 

 

 

 

それ、わたしの皿です

むかし、住んでいた街のカフェバーで常連さんと仲良くなった。

彼はテレビの制作会社で働いている元慶応ボーイ。人の懐にスルスルと入り込み、だれとでも仲良くなってしまう。わたしたちは恋愛というよりご近所さんとして、お酒を飲みながらたくさん喋った。

 

ある日、もう一人の常連さんと3人で、彼の家で映画鑑賞をすることになった。一人暮らしで皿があまりないと言うので、わたしの家から何枚か持参した。

その時に観たのは白石和彌監督の『凶悪』。誰のチョイスだったか忘れたが、酒を飲みながらワイワイみる映画ではないことは確かだ。「先生」とよばれるリリーフランキーが、これでもかというほど残酷でぶっ飛んでいる。

家の白い壁をスクリーン代わりにして映していて、かなり色が浅かったのだけど、刺激がマイルドになって丁度よかったのかもしれない。お酒を飲みながら、引きつつ苦笑いしつつ鑑賞した。観終わったあとは酔いもまわり、いやーすごい映画みちゃったねーと大盛り上がり。すごく楽しい夜だった。

 

半年くらい経ったころ、わたしは急に引っ越すことになり、それからはカフェにも行かずに彼とは疎遠になった。でもSNSを通して近況は知っていた。

彼は仕事で出会った、たまにドラマで脇役をしている美人と結婚したそうだ。最近になって料理をはじめたらしく、よくインスタを更新している。

そして、わたしが持参したまま戻ってくることの無かった皿も、インスタにたびたび登場するようになった。すこし歪んだ四角形で、特徴的なのですぐに分かる。彼はそれが気に入っているのか、回鍋肉や生姜焼きやらを盛られた皿がよくアップされている。

そのたびに「それ、わたしの皿やで」と思う。毎回、思う。それは人からもらった2枚1セットで、わたしの家にはその片割れがあるので、それを使う度にももう1枚の皿のことを思う。「あれ、わたしの皿だったのにな…」と。

 

でも誰から借りたのかわからないモノって、きっと誰にでもあるだろう。その皿は片割れになる運命だったと思い諦めた。いやいや、もっと前向きに彼への結婚祝いとでも思っておくか。

わたしより先にお嫁にいった皿よ、たくさん活躍してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

天邪鬼の取り扱い方

わたしの彼は、とても天邪鬼な人だ。

これいいよ!と勧めたものは、たいてい一回目では受け入れられない。服にしろ音楽にしろ、興味がないという反応だ。

 

彼の家で、パスポート用の写真がポンと置いてあり、もう要らないというので頂いたことがある。それをスマホで撮影し、画像に落書きしていろんな髪型の彼を作ってみた。本人はいつも短髪にしているけど、ロン毛や前髪長めにすると雰囲気があってイケているという事を発見する。髭もあるとさらにGOOD。

これは教えてあげなきゃ、とその画像を送ると「君は小学生か」という冷めた返信が来た。すごく似合ってるから、伸ばしてみたらと言ってみたら「嫌です」と返されて終わり。だけどその2週間後、欠伸のついでという感じで「髪すこし伸ばそうかなー」とサラリとつぶやいたのだ。なーんだ、ちゃんと考えてくれてるんだと吹き出しそうになった。

 

よくよく観察していると、反射的にNOと言ってしまうだけで(それもどうかと思うが)、その後もずっと吟味はしているらしい。すぐに受け入れることはプライドが許さないのか。時には勧められるというより押し付けられているというか、自分の好みを否定されているように感じてしまうみたいで不機嫌になる。コミュニケーションというは難しいものだ。

 

映画についても同じようなことがあって、面白かった作品をお勧めしても反応は鈍かった。だけど構わず家で観ていると、ぜったいに食いついてくる。隣に座り、どんな内容であれ最後まで観ている。それに気が付いてから、なるべく彼の好みそうな映画を把握して流すようにしてみた。どちらかというと明るい内容で、人があまり死なないやつ。この前はダークナイトとアイアンマンを続けて観てみたが、どちらも食いついていたけどやはり明るいアイアンマンの方が良かったらしい。アメコミ系に縁がなかった彼に新しい風が吹いたようだ。最近もダニーボイルの「イエスタデイ」を観にいこうと誘ったら大満足だったようで、映画選びについてはだいぶ信頼してくれるようになった。今ではあらすじを説明すると割と興味をもってくれる。

更にはわたしに付き合わされてダークな作品も観ているうちに、すこし幅が広がったようで、最近では「韓国映画のパラサイト面白そうだね」といっしょに来年の公開を楽しみにしている。なんだか認められたようで嬉しい!

 

彼のような天邪鬼さんには、好き嫌いを把握したうえで的確なプレゼンをすることが大事。「こいつが勧めるものは面白い」という『信頼と実績』、それを積み重ねていけば、心をひらき受け入れてくれる日がくるのだ。街の工務店のようなキャッチコピーだけど間違っちゃいない。そして一度受け入れてもらえれば、そこから広げていく作業は難しくない。

 

次はぜひ本でもチャレンジしてみたい。楽しみを共有できるジャンルを増やしていくのは、もうわたしの趣味といっても過言ではないくらいに楽しい。

 

蘇る、冷静と情熱のあいだ

久しぶりに中学校の同級生から連絡がきた。

地元仲間と飲んでいて、みんな今頃どうしてるかなーという話題になり私のことを思い出したらしい。相手は中学生のころの元カレってやつで、懐かしい気持ちになった。

 

その頃のお付き合いといえば、手を繋ぐだけで精一杯。

彼は身長が180㎝でわたしと25㎝も差があったので、街でウィンドウに映る姿がちぐはぐに思えて恥ずかしかった。本格的なデートといえば電車に乗って映画館へいくこと。2駅先の映画館に「冷静と情熱のあいだ」を観に行ったことを覚えている。

その作品を選んだのは私で、ちょっと大人すぎたかしらーとドキドキしていた。でも映画の中盤あたりから猛烈にトイレに行きたくなり、頭は真っ白でストーリーが全く入ってこない。どうするか悩み続けて、ついに限界がきて席を立った時には顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。デートって疲れるなぁと思った。

それからは映画の前にぜったいにトイレへ行く、という教訓を得たので途中退席したことは一度もない。

 

そんな彼も今では父親になった。みんなで飲もうよという話から、「予定を合わせるのが大変だから2人でもいいし」と返信がきて、なんか猛烈に冷めてしまった。音にするとケチョーンという感じ。

その後も「最近どんな感じ?送ってよ」などと言われ、中学生のころに戻ったようなノリにケチョーンとなった。こんなかんじでーす!と自撮りを送れるほど図太くもない。そして妻子持ちと2人で飲むのも面倒だ。きっと彼の時は止まっているか、もしくは一瞬ワープしてあの時に戻りたいのだなと理解した。人生の苦みも知った今、わたしに響くのは誠実さだけ。ちっともワクワクしない。

 

こういうとき、未婚の女というものは多少なめられているんだなと思う。相手にそんなつもりは無いかもしれないが、気軽に誘いやすいのは間違いないはずだ。

そんな扱いが嬉しいはずもなくフェードアウトしたけど、ただもう一度あの映画を観てみるか、という気分にはなった。そういえば主題歌はエンヤだったな。いまエンヤはどうしているだろう。

 

中学のころのシャイな私はどこかへ行ったけど、映画への愛情だけはどんどん深まっている。どんな形にせよ、思い出のある映画っていいものだなぁ。