猫の名はちょいと。

猫と映画好きが綴る、ささやかな日常

保護猫をもらったときのお話②

前回の記事はこちら

 

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猫を保護しているシェルター「キャットガーディアン」には、様々な猫たちがいた。

大人になった猫は自由に歩き回っていて、中にはエイズだったり、怪我をしている猫もいる。わたしの環境では飼うのが難しいけれど、みんな個性的で人懐っこいのがかわいい。

 

子猫たちは、別の部屋でゲージに入っていた。布をかじって遊んだり、ハンモックに揺られて眠っている。

わたしは生後3ヶ月になるメス猫を見ていた。これまでの経験から、1人暮らしならメス猫の方が飼いやすいだろう考えていて、この子なら良さそうだと思った。

抱かせてもらおうと係りの人に声をかけると、「その子は何でもかじってしまう癖があって、ティッシュや紙をかじって飲み込んじゃうんです。だから一人暮らしには難しいかも・・・」と教えてくれた。

うーん、それは確かに大変だ・・・残念だけど諦める。

 

しばらくウロウロしていると、こんどはトラ柄のオス猫がいる。大人しく眠っていて、こちらも生後3ヶ月で保護されたと書かれていた。

係りの人にお願いして抱っこさせてもらうと、かなり怯えた目で私を見つめ、プルプルと震えている。そのプルプルが止まらないのであまりにも気の毒で、だけど可愛くて「怖いよね、ごめん〜」と言いながら笑いが止まらなかった。

 

人間に追いかけられて保護されると、それがキッカケで人嫌いになってしまう猫がいる。いま抱いている猫もそうかなと不安になったけれど、係りの人もオススメですよと太鼓判を押してくれたし、何よりそのトラ柄に一目惚れしたので、この子にしよう!と即決した。

 

それから猫を引き取るための説明を受け(猫を守るためちょっと厳しい内容だ)、避妊手術の費用や、これまでの餌代などを含めたお金を支払った。

そしてちゃっかり持参したゲージにその子猫を入れてシェルターを後にした。

 

ちょうど今のような梅雨の時期、わたしはゲージの重さと緊張と、これから猫と一緒に暮らせるという興奮で汗だくになりながら、大塚駅から電車にのった。

 

いまでも梅雨になる度、あの日を懐かしく思う。猫とわたしの二人暮らしはそうして始まった。

 

↓シェルターにいた時の猫

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保護猫をもらったときのお話①

うちの猫はもともと保護猫だ。

今はもう5歳になり、ブラッシングを終えてわたしの隣で伸びきっている。ずいぶんと大きくなったもんだ。

 

当時、わたしは都内で一人暮らしをはじめて1年ほどが経ち、毎日のように誰かと飲んでいた。人と会うことで色々と吸収して、自分が成長できているような気になっていたのかもしれない。

 

毎日はそれなりに楽しいけど、一人きりの家に帰るのが嫌だった。誰もいないくせに家賃が高いその部屋は、自分の居場所ではないような気がした。なにかが足りないまま過ごす日々は虚しい。

 

それで、猫と暮らすことを本気で考えはじめた。ペットショップでは買いたくないというのは絶対だ。家でも会社でも里親募集のサイトをチェックする日々がはじまった。

 

小さな頃から家にはいつも猫がいた。買ったことは無く、いつも拾ってきたり、誰かから託された猫たちだった。メインで世話をするのは母だったので、いざ自分で飼うとなると分からないことも多く責任を感じた。

 

いつまでも画面を見ていても進まないので、まずは大塚にあるNPO法人「キャットガーディアン」に行ってみることに。見学の予約をするのもドキドキだ。「気に入った猫がいた場合は、自分で用意したゲージに入れて引き取る・・・」という説明を見て、見学のつもりだけど念のため!という言い訳をしながら、いそいそとネットでゲージを購入して持参した。いま思えば確信犯である。

 

そうして訪れた日に、我が家の猫と出会ったのだ。

つづく。

 

 

 

【映画】「聖なる鹿殺し」はちょっとすごかった

ヨルゴス・ランティモス監督の「聖なる鹿殺し」が、Amazonプライムで100円セールだったので鑑賞。

 

彼が外出中だったので、しめしめ!思う存分に悪趣味な世界を楽しむぞー!とワクワク。コカコーラゼロを片手にソファにふんぞり返った。

 

ランティモス監督の手にかかれば、パスタを食べるシーンでさえゾッとするくらい不気味な映像になる。 そしてアングルがすごく面白い。今回も生々しい心臓のアップからはじまり、しかも長かった。観ているとこちらの心臓がバクバクしてくる。

かと思えば、突然の引き!画面の中で小さーく起きている事件に、何だ!?とのめり込んでしまう。

 

この話はギリシャ神話が元になっているらしい。何も知らないまま観ていたが「ぜったいに悪い方向へ進んでいる…」という確信だけがつきまとった。

 

キーマンとなる男の子は「ダンケルク」で注目されたバリー・ゴーガン。青い瞳をした彼は、いつもキャラクターが掴みづらくて強烈な印象を残す。彼がスクリーンに登場したとき、いい奴なのか、ものすごく怖い奴なのかが分からない。その不思議なオーラが今回の役にぴたりとハマっていた。怖いぞゴーガン。

 

ストーリーが進み、いよいよ不気味な結末に近づいてきたぞー…というところで予定より早めに彼が帰宅。食い入るように観ている私のとなりに座った。

痛い、残酷、そしてあまりにも不可解な展開に「おひょぅ」と言いながらニヤニヤしている私に引いただろうと思う。でも止められない。

 

もちろん後味もすごーく悪く、2本目は仕切り直しのつもりで「アバウト・タイム」を観た。彼の気持ちもハッピーになったようで一安心だ。

 

そのあとは「聖なる鹿殺し」についての考察を読み漁り、ギリシャ神話も学び、思うぞんぶんに楽しんだ。

いやぁ、すごい映画だった。おすすめ。

 

彼について

私の彼は、一度離婚した経験がある。

それも結婚して2ヶ月にして相手の不倫が発覚し、すぐに別れを決めたらしい。

 

相手は大学時代からの付き合いで、7〜8年ほど付き合ってから結婚したようだ。なんだか理想的な流れだ。

でも彼と一緒にいると、あまり女性のことを知らないなと思う。

 

たとえば生理の周期や、それが何日間つづくのかといった知識も曖昧だ。むしろその話をするのに照れているくらい。

私は20代半ばくらいからあまり長い恋愛をしてこなかったから分からないけれど、何年も一緒に過ごしていれば自然と理解するものだよなぁ…と不思議に思う。どんな関係性だったのだろう。

 

彼の離婚話を聞いた時はとても気の毒に思ったけれど、これから自分が付き合う上で、そういう理由なら不安がないと少しホッとした。

実際、今でも全く気にならない。唯一、わたしがいいなーと思っていた軽井沢の式場で結婚式をしたという話にショックを受けたくらいだ。

 

彼はとても誠実で、いい奴だ。わたしはこれまでダメンズともいえるような人ばかりに惹かれて疲れていたから、彼の良さがものすごく身に染みる。元嫁はたぶん、いろいろな経験をする前に彼と出会ったから、世の中には優しい男がたくさんいると勘違いしたに違いない。いないから!誠実な人、ほんとに少ないから!でも戻ってこないでね!

 

そんな訳で、恋愛でいろいろと苦労したわたしは今、穏やかな日々を過ごしている。

結婚できたらいいな、と焦る気持ちもない訳ではないけど、それよりも毎日を大切にしましょうと思える日々。ありがたや、ありがたや。

父について

小さい頃、忍たま乱太郎をみていたら「冷えた八宝菜」(漢字はわからない)が登場した。頭が大きくて重いので、笑うと後ろにひっくり返り、頭で立っちゃうヤツだ。それを見た母が「コレお父さんにそっくり!」と腹を抱えて笑っていた。

 

さすがにひっくり返りはしないけど、頭が大きくて小柄な父のシルエットは冷えた八宝菜に近いものがある。

 

父はゴリゴリの文系で、文学を読み漁って成長してきた。加えてとにかく知識に貪欲で、知らないことはなんでも知りたがる。いろんな意味で頭が重い。

 

最近になってガラケーからスマホに変えた父。「スマホばかり見ている奴にはなりたくない」と決意表明したのも束の間、庭でひとりたたずんでいるなぁと思ったら「メダカの産卵」の動画に見入っていた。なんでも知りたい人にとってスマホは夢のようなツールだ。

 

父はむかしから仕事中にJ-WAVEを聴いていて、音楽にも好奇心旺盛だった。クラムボンくるりを気に入り、家でCDを流しては妙なステップを踏んでいた。

 

近ごろは歳を取り、何かにつけて渋い顔をして考えこんだり、世の中の流れについていけない事も増えてきたみたい。だけどいつまでも好奇心を失わずにいてほしい。面倒だなーと思う質問にもきちんと答えて、父が諦めることがないようサポートしていきたい娘である。

「海獣の子供」を観てきた

映画好きの同僚から、

素晴らしかったよ。万人ウケするかは分からないけど…

と聞いていた「海獣の子供」を観てきた。

 

小さい劇場の前から2番目。

他に空いてなかったから仕方なく、だったけど今回に関してはこの席で良かったと思う。

これまであまり見たことのないタッチの線、動き、色。

青くて深い世界観に没入できた。

 

見終わっての感想は、言葉にできない。

でもものすごく知りたかったものというか、これまで感じてきた事が映像化されたような気持ちだった。

 

一緒に観た彼と、感想を語り合おうとしたけど二人とも言葉がでなかった。笑

壮大なストーリーも分かるような、分からないような。でも決して退屈ではなく、むしろのめり込むように観た。

あのシーンの意味は?とか話し合っていると逆に頭がこんがらがって、分からないままでよい、感じたままだ!という結論に至った。

 

人間は世界の10%しか見えていない。

のこり90%を無視して生きていくことはできないし、無視していたらつまらないなぁと思う。

壮大な世界を、その神秘をもっと知りたいし、感じながら生きていきたい。

 

誰かと比べて

誰かと比べて、わたしはまだ恵まれているから、あなたはまだ恵まれているから、幸せなんだというのは違う気がしている。

 

わたしは今のわたしが好きで、この暮らしが幸せだと気付くこと。

 

幸せの基準が自分の中にあると、体にスッと芯ができる。少し迷っても戻ってこられる。

まだまだ足りないところもあるけれど、ゆっくり足りていけばそれでいい。